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余命1ヶ月の花嫁

先日、
 番組きっかけの乳がん検診 TBSに医師らが中止要望 (朝日新聞 2010.6.10)
 乳がん検診 若い人は必要? (読売新聞 2010.6.11)
という記事が出ていたので、一般の方に向けて分かり易く説明したいと思います。


 これらの記事の内容を要約すると、
・24歳の女性が乳癌で亡くなった
・「余命1ヶ月の花嫁」というテレビ番組としてTBSが紹介した
・TBSは番組にちなんで乳癌検診キャンペーンを開始した
・具体的には、20代・30代限定の検診を自己負担1000円で提供するというもの
・すでに7000人が検診を受けた
・これに対し、キャンサーネットジャパンが医師ら38名の連名で中止要望書を送った
というものです

件の中止要望書というのは、ネット上にも公開されています。

 TBS「余命1ヶ月の花嫁・乳がん検診キャラバン」の内容見直しを求める要望書提出について

一般の方がこのニュースを読んで持つであろう感想を勝手に推測すると
・せっかく若い人たちに癌早期発見の啓発をしているのに中止要望までしなくても
・検診受けて問題なければ安心だし
・検診で引っ掛かったら精密検査をすればいいんでしょ
・検診を受けるだけなら害もないはず
・費用だって、かなりの部分をTBSが負担してくれるんだから
・外野が文句いうことないじゃない
といったところでしょうか?

かの「要望書」の方は、中止要望を行うだけでなく、
同じホームページに公開質問状とその根拠を示しています。
 「余命1ヶ月の花嫁・乳がん検診キャラバン」に関する公開質問状
 添付資料:要望の根拠について


質問状の内容とその主旨は、
・20代・30代女性に対してマンモグラフィーを行ってきた科学的根拠はいかなるものか?
 (主旨:20・30代女性は乳房全体が白くうつるため、白く写る癌を発見するのは困難)
・2010年になって、突如、マンモグラフィーを中止した理由はいかなるものか?
・20・30代女性に対して超音波検診を行う科学的根拠はいかなるものか?
 (主旨:超音波検診の有効性は未証明。40代対象の研究が始まったばかり)
・今後の活動方針と医学的な監修をどのようにするのか?
といったものです。


これをできるだけ分かり易く説明しましょう。

一般に、
ある検診が有効であるか否かを論ずる場合に必要なことは、
・検診自体の精度が高い
・発見すれば有効な治療がある
という2点です


まず、検診自体の精度ですが、これは
・事前確率
・スクリーニング検査の感度
・スクリーニング検査の特異度
・精密検査の安全性、感度、特異度
といったものが関係します。

事前確率とは、ある集団の疾病罹患リスク
感度とは有病者を陽性と判定する確率
特異度とは非有病者を陰性と判定する確率
ということになり、これらを組み合わせたものをベイズ推定というのですが、
この辺りで、チンプンカンプンになってしまいそうですね

ここで諦めずに、読み進めてください

ちなみに、
20代・30代女性の乳癌罹患リスクは、10万人に対して18人ぐらいです
これが40代になると113人、50代では131人というデータがあります

10万人に対して18人ですから、乳癌キャンペーン受診者7000人に対しては、1.26人
つまり、約1人ということになります。驚くほど少ないのです

次に超音波検診の感度・特異度については、ネット上でデータを調べてみると、
それぞれ63.6%、95.5%というのがみつかったので、このままあてはめてみましょう
 乳癌超音波検診の年齢別感度(森久保寛ほか、日本乳癌検診学会第16回学術総会)

そうすると7000人の検診に対して、超音波で陽性と出るのは、約316人です。
このうち本当に癌があるのは1人居るか居ないか
残り315人は、実は全く問題ないのに無用の心配をする羽目になります。

無用の心配だけならまだしも、
 「自分は癌に違いない!」と思い込んで鬱状態になってしまったとか、
 「いくら調べても判らないので、手術で組織の一部を切り取って調べよう(生検)」とか
 「生検で陰性と出て喜んでいたら、後で癌がみつかった」とか、
 「癌ではあるが、成長速度が遅いので治療は不要」と言われたとか、
色々な悲劇が起こります

一方、7000人中1.26人いるはずの癌ですが、感度63.3%なので、
3回に1回以上、引っ掛かりません。
簡単に言えば見逃されてしまうのです。

まとめると、
「健康な315人を恐怖のどん底に突き落としつつ、3人に1人以上の癌を見落とす検診」
というわけで、何のために検診をやるのか良くわからないことになってしまいます

それでも、
「たとえ7000人に1人でも癌がみつかれば、いいじゃないか」
という反論がありそうですが、
せっかく苦労してみつけた癌が治療可能なものか、という問題が残っています

つまり、
発見したものが早期癌であれば、治療によって治ることが期待されるわけですが、
進行癌であれば、治療しても治ることは期待し難いわけです

検診で発見された癌のうち、早期の確率は76.2%というデータがあるので、
4人に3人が治癒を期待できるが1人は諦めろ、ということになります


で、
これらモロモロのメリット・デメリットを勘案し、
・メリット>デメリットなら検診は有効
・メリット<デメリットなら検診は無効もしくは有害
というわけです


とはいえ、上記のことは机上の計算に過ぎません

実際のメリット・デメリットを論ずるためには、
大勢の人を対象にした大規模研究を行い、その結果を確認しなくてはなりません

この大規模研究というのは、
・厳密な設定(年齢やスクリーニング検査の種類)
・数千人~数万人を対象
・数年~数十年の調査期間
・対象者に対する十分なインフォームドコンセント
・健康被害が発生したときの補償
まで考え抜いた大変なものなのです。

それでようやく結果が出るか出ないか・・・なのです。


現在のところ、乳癌検診についての医学的コンセンサスは、
・50代対象 → おそらく有効
・40代対象 → 有効性について論争中。あるいは、より良い方法を模索中
・20~30代対象 → 有効性は未証明。おそらく無効もしくは有害
あたりではないか、というのが私の理解です。


何度も検算したつもりですが、もし医学的な間違いがあれば、ツイッターの
@ShinNakajima
まで、御指摘をお願いいたします
by ShinNakajima | 2010-06-21 04:25